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日和山だより

オダヅモッコが40年ぶりに見る「ふるさと石巻」を独断と偏見に満ちた
「好き勝手な…ふるさとだより」
日和見主義の原点…日和山から
(「オダヅモッコ」とは石巻エリアで、いつでもどこでも、フザケテ冗談を飛ばしている人をいいます)
日和山だより20120506GW最終号
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     大震災で生きているエイジ君

    エイジ君と40年ぶりに再会しました
    昨年4月に「エイジは長くねえど」と聞かされ
    テレビでも闘病生活を続ける被災者として登場

    2年前に脳腫瘍から肝臓肺に転移して「「ステージ4」と
    医者に宣告されたとか
    大震災で娘夫婦が同居結婚 孫が産まれた
    職場にたくさんのボランティアが来て
    その人達の世話係りを担当
    石巻講座をやったら質問が次々に出てきて
    張り切って「勉強せざるを得なかった」
    その若者達のエネルギーをいっぱい貰って
    孫が産まれるという事になってきたら
    「楽しくて楽しくて死んでなんていられない」
    との本人の弁
    震災が起きて異様に元気になったと
    昔と同じ笑顔で話してくれた

    ただ彼は雄勝の出身で実家があった浜には
    まだ行っていないのだそうだ
    人生観がすっかり変わってしまったと
    高校生の頃 私は彼に「津波の事」を教わったのだ
    津波が来ると分かったら浜の人達は磯のアワビやウニ
    魚貝を「ざる」を持って取りに行っていたとかの
    話をしてくれた
    50年まえの三陸チリ地震津波での実話だった

    表情もとてもステージ4など信じられない
    「ほんでもや医者がらは もういづ死んでもおがすぐねえって
    言われたんだがらな そいづは間違いねえがらな」
    でも生きていた
    「他の奴だど 話すっと深刻な貌すうだげど  んめは
    普通にしゃべってけっからいがった」と別れました
    再会は約しましたが実現できるのが
    | 被災地だより | 13:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
    日和山だより2012−0505
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       本日は本当に休日
      東京にいる一つ上の先輩が
      「石巻いるか 会うべ」と連絡があった
      あまり石巻の地理が分からないのでイオンで会った
      かの大川小学校中学校出身の彼は未だにお母さんの
      ご遺体が見つからない
      家も墓も集落も全く何もない
      大川小学校の校舎の残骸だけが残った
      ふるさとを観る彼の心は いかばかりか
      40年ぶりに会ったかつての悪友たちも
      二つに分かれます
      「もう石巻も実家も行きたくない 見られない」
      「東京にいるけど何か石巻のために できる事はないか」
      という二つになるようだ
      何とも言えない
      旧友達が私に命じたミッションは
      石巻で自分たちが得たキャリアを活かせる所を造れ
      実家が流出して家族が仮設住宅に住んでいるので
      宿泊する場所がない確保せよ
      の二つを依頼された
      皆 判ったような顔をするが具体化するのは困難かも

      本日で石巻としばしお別れ
      これまでは災害支援車両という名前の高速道路無料パス
      を貰って石巻へ来ていたが4月から中止になった
      「ガレキ撤去作業に従事する車両」のみ
      「石巻はガレキが基本的に撤去されているのでパスは
      出ないと思います」とボランティアセンターから告げられた
      1月から3月まで東北3県の高速道路無料化実験をして
      いた(国交省)
      だがボランティア車両が1/10に
      観光が1/4に減ったから 取りやめと聞いた
      バカか 寒い東北の1〜3月に来る車両がいくらあるのだ
      机上のプランの最たるものだ
      4月から6月までの実験ならまだしも
      寒いという事を知らない人っているんだ

      今度はいつ石巻に来れるのか
      早く石巻に引っ越してこい
      と何人にも言われております
      おまえのオダヅモッコが石巻を楽しくする・・・?
      変に期待されても
      ただの オダヅモッコなだげで(底抜けらしいが)
      明日の約束が三人
      本当に東京帰れるのか
      | 被災地だより | 23:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
      日和山だより20120504
      0

         昨日(5/3)の嵐が抜けたか居座っているのか はっきりしないお天気
        本日 元隣町の海から遠い地域(現 石巻)の農家にとついだ?友人の所へ
        行って来ました
        震災で旅館の支配人を解雇されハローワークで「パン職人になってみませんか」
        というチラシを見て3ヶ月間 仙台まで通って「パンが焼けるようになった」とか
        自宅で店を開くということでした
        当初60歳の還暦の誕生日の5月8日開店というスケジュールで動いていました
        地元の東北放送が5月19日にテレビ放映するという事で
        「還暦からの旅立ち」というような?タイトルで取材をされていたようです
        工事の段取りが うまくいかなくて 5月8日開店は無理だとかで
        (今回の石巻来た理由の一つが 奴の開店祝いに行く事でした)
        本日 時間ができたので 突然訪問
        「やっぱり来たか」というような顔をしておりました
        昨年5月に行った際「これから市役所の判定を受けるから 余り気合を入れて
        修理すんなよ」と言われて
        結局「全壊認定」築100年の家でした
        6月末に解体したら「おじいさんが 直ぐ亡くなったの」と奥さん
        現在「おばあちゃんと娘さんが仮設住宅に離れて暮らしている」とか
        更地になって住宅地として販売予定と看板が出ておりました
        パン工場と店はプレハブでパン焼き釜は設置され 後は電気配線を待っているとか

        「んめはパン造りの先生と打ち合わせしてろ おいは あんだの母ちゃんとお茶っこ飲んでっから」
        とコーヒーなぞ入れてもらって散々亭主の昔話や昔の実態を教えてあげました
        実は彼は日和山の我が家から一番近い家で離れに住んでいたので年中入り浸っていた家でした
        夜 家族が寝てから二階の屋根から柿の木を降りて12時過ぎまで遊びに行っていました
        週4,5回3年間・・・大変迷惑な友人だったと思います
        「ひさし おいのサンダル窓がら投げてプールに入って拾いさ行ったな」と
        懐かしくも青春のバカな一ページの高校生活を思い出しました

        二日間の大雨は近所の田圃を「冠水させ」
        通常なら この連休は「田植え」の季節なのに ほぼ水没した感のある田園風景
        「また来るね」と別れ

        海友支援隊へ
        4連休は正月以来とか
        間借りしている大屋さんの会社の女性社員のみ
        「本当は話したかった」と言われて
        いつもの「オダヅモッコ話を」
        「社長も含めてみんな石高なんですか」「石高のイメージってもっと真面目だと
        思ってたんですけど」
        ぜんぶイメージをぶち壊したのは私らしい
        石巻の人ってオダヅモッコがたくさんいるんだげっど ズバヌケテますね
        と感心!された
        どうしたら そういうふうに初対面の人と直ぐ仲良しになれるんですか
        と真剣に聞かれた・・・困った質問です
        「真面目だからです」と答えてしまいましたが

        | 被災地だより | 23:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
        日和山だより20120430 50日ぶりの石巻
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           4月28日朝 石巻に到着した
          秋に60歳の定年退職を迎える友人Kの相続した家をリフォーム
          するための事前準備の「片付け」をしにきた
          彼が育った実家は地震津波の災害で「半壊」 6月に解体するようだ
          家が傾いて立っていられないとか

          東北道から三陸道とかなり県外のナンバーの車が多いような気がした
          熊本 神戸 三重 etc.
          ゴールデンウィーク中に「被災地観光?」か
          以前から書いているように「被災地に来て頂けるなら理由は問わず歓迎」
          する
          実際を自分の目で見て欲しい
          お金も落として欲しい

          現地の友人たちは「今は小休止中みたいだ」と言う
          かなり「活気」を感じられるが
          現地の人達はどう思っているのか
          別の友人が親戚宅から避難生活を止め半壊の家に戻ったそうだ

          とにかく この3日間「片付け」で忙しかった
          やっと一段落した
          明日 「解体する家の庭からオンコの木(イチイ)を移植する予定だ
          東京での友人に電話で「移植の方法」を伝授してもらった
          根元の幹の直径の10倍の直径で「根切り」をして半球状に土を
          掘り返して そのまま植え替えせよと
          「根回しは必要か?」「根回しは大木だけの話だ」とか
          天気が移植後に雨なら最高だそうだ
          でも津波に遭った木だから・・・まあ生きているから大丈夫か

          石巻はソメイヨシノが葉桜 山桜が満開
          椿も満開だ
          昨年は桜は咲いたが 椿は記憶にない

          「災害支援車両」という制度を利用して被災地への
          高速道路料金が無料で来れていたが3月末で廃止になった
          ボランティアの数が1/10に減ったからだとか
          寒い東北の冬にボランティアに行く「バカ」がどれだけいるのだ
          観光客のために無料にしていたが利用者が少ないから
          宿泊施設が1/4程度しか回復していないのに
          とにかく泊まる場所がない
          実家が被災した友人達は「仮設住宅に泊まれるわけがない」
          旅館ホテルはいつでも満員だ
          「無料化廃止はメリットを生まないだろう」
          遠くに住む者が気軽にできる支援は「観光だ」と思っている
          忘れないでほしい
          終わっていないのだ まだまだ続くのだ
          少しの支援でも お願いしたい
          | 被災地だより | 22:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
          日和山だより20120311 一周忌の石巻
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             一年が経ちました。
            もうなのか。やっとなのか。
            惜しみなく時は駆け抜けて行きます。
            寄磯浜と牡鹿半島の先端まで走りました。
            「おまつり」みたいな一日だと感じました。
            あちらこちらで、」ろうそくを灯す準備が進んで
            いました。
            但し、夜に入ってから「大雪警報」が出され
            雨か雪か分からないものが大量に降ってきました。

            多くの人にとっては区切りになるのか。
            朝刊に「行方不明者」を「死亡者」に認定するとか。
            19009人とするようです。
            雄勝の公民館の上のバスが撤去されたとか。

            牡鹿半島の先端にある鮎川という捕鯨の基地で
            あった浜の小学校で「献花祭」を
            行いますという「町内」放送が聞こえたら,
            娘が行きたいと。花を売っている所がない。と
            冷たくいいはなすものの、そこは我が子。
            「売っているところを探す」と到頭みつけた。

            今度は14:40頃に「黙祷をしたい」と言い出し
            桃浦浜で海に向かって立っていたら
            若者が5名同じようにやってきて黙祷と合掌。

            石巻に戻り「お寺」に行った。住職が来ていた。
            「檀家の方ですごい人がいでさ」「どうしたの」
            「タコや魚に人間のカケラが出て来るから
            食べないという人が多いのに、おらいの
            母ちゃんを食った魚だど思ったら、おらいの
            母ちゃんも魚のお役に立ったが。それは
            ありがたいことだ。お魚を大事に食わねどなんね」
            と発言した事を披露してくれました。
            輪廻の教えを住職が本気で学ばされたと。

            住職は、わが娘に「いいが、この男あんだのお父
            さんさ。以前は、あんだみでな男は皆して来んな」
            って言ってだんだど。んでも今は「あんだみでな男
            が早ぐ帰ってきで石巻のために働げ」って本気で
            言ってんだど。有名人なんだがらな。
            「外でおせんこうあげっぺ」と懐からシガーを出した。
            わが娘が「私がつきあいます」と。
            しばし、二人で外で何やらニコニコ話していた。

            夕方、友人宅へ行った。「孫と風呂入るから待ってろ」
            奥様と娘さんがはじめての人と何を話せば良いのかと
            気まずそうな顔をした。「この前の石巻日々新聞の
            ドラマみました。中村雅俊さんの石巻弁変でしたよね」
            と言われて会話が弾まないはずがない。
            「こいつは酒なんて呑まねがら、お茶っこ飲んでれば
            いいんだがら」
            「飯食うから早く帰れ」「お父さん、そんな酷い言い方
            しなくても」「こいづ、そんな事で傷つく珠でねえ」
            「おくさん。面と向かって悪口って嫌いな奴には言え
            ねえがら大丈夫」不思議そうな表情をしていた。

            住職の奥さんも「まさとしさんが、あいづが石巻さ
            くっと明るくなるがらと言ってましたよ」

            石巻で聞いた「はなし」を明日?書きます。

            さて明日東京に帰る日です。晴れていた一日が
            夜になり大雪警報に変わった。
            さあ。

            | - | 22:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
            日和山だより20120310
            0

               あさ「お寺」に行った。副住職は「あっ まだ来たのすか」
              奥さんが「どこのお坊さんがど思った」と。
              先週刈った坊主頭と数珠をもった姿では当然でしょう。
              明日の震災一周年行事の準備と葬儀が重なったようだ。

              女川町で女川町立病院と岸壁。
              さらにリアス式海岸を雄勝へ北上。
              左側の丘陵部にある数軒の家を除けば完璧に何もない。
              高校時代の友人宅は、昔「プライベートビーチだがらな」
              と言っていた浜も何処か分からない。
              「一番賑わって?」いそうな浜に行ったら
              石巻市雄勝総合支所とあった。仮設店舗が10軒ほど。

              先輩の家とお母さんの事を聞いた。
              「大丈夫生きてっがら。当日たまたま温泉さ行ってだがら
              助かったがら」「家は、そごだったがらダメさ」

              大川小学校への希望で行った。
              完全に「聖地」扱いだ。もうメッカか。
              また奥の長面浜へ。本日は重機がかなり入っていた。
              大川小学校前の道路は道路清掃作業車が二台。
              雨と雪と泥で汚れた道路を洗っている。

              追波川(新北上川)の橋を渡って「釣石神社」にも行った。
              受験シーズンが終わったのか参拝客が5人。
              追波川の河口の歴史の説明もした。

              伊達政宗の土木事業と地山治水事業で北上川河川
              体系を整備して62万石が、実質100万石。
              それを石巻湊から大坂へ。帰路は「下り物」を持って
              きた。近江商人達は莫大な利を貯め込んでいた。

              本日、日和山には明日11日のセレモニー準備と
              全国から観光客が多数来ていた。
              日和山の「山頂近辺」は神社の所有地。
              神社本庁が仕切るセレモニーのようだ。
              立ち入り禁止になっている。
              数人からメールを頂戴した「NHK見てるよ。石巻高校
              出てるよ」
              テレビカメラも何台もセットされている。
              「あしたは広場という広場はセレモニーだよ」
              「朝になったら、どこに行くか決める」とか。

              私のPCに貼っているシールに「オダヅナヨ津波」を
              見て娘が、兄に「おだづって何」と質問。
              「あんたのお父さん」「あっそういうこと判った」
              雄勝の浜で硯石の原石をいくつか拾った。
              ハンドメイドの硯を造ろう。いつか。

              | 被災地だより | 22:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
              日和山だより20120309
              0

                 東北道を気仙沼から国道45号線を南下南三陸町と
                呼ぶ町を通過して

                8月に気仙沼に行った際に「捨てられたゴーストタウン
                みたいだ」と書いた
                地元の方にお聞きしたら「盛り土して冠水は少なく
                なったんですよ」と
                港は漁船も増え人の声も聞こえ
                活気があるようにも思える。
                今回目に付くのはバックパック風の旅人だ。カメラ片手に。

                しかし、ほんの少し奥に入るとガレキが整理整頓された程度の
                「片付け」が済んだくらいにしか主観だが。そうとしか思えない。
                しばしばテレビや写真で登場する南三陸町
                6月に来た際「神様わたしがこの町に降りて良いですか」と
                自問自答した様相と本質的に変わったのだろうか。
                ガレキは「分別」された。
                重機が入って「更地」になった。
                でも画像で見る荒野が360度見渡せる。
                作業員の方以外の息吹が全くと言って良いほど感じられない。
                生活感がないのだ。
                気仙沼から南三陸町まで約30kmほど延々と続く景色。
                少し高台にある家々は何事もなかったようだ。
                生活感が感じられないという言葉と矛盾しない感覚だ。
                道路工事が随所で行われている。3月だからか。
                志津川(南三陸町)から、石巻へ(小一時間ほど)
                悠々と流れる北上川。
                石巻市内に入ると何事もなかったかのよう。
                海友支援隊本部に行く。
                「新商品」か!1万円の支援金をカンパすると
                トレッキングシューズが付いてくるキャンペーンを始めた。
                一流ブランド品だ。支援としてメーカーさんから頂戴した。
                4年後の「ホヤ詰め合わせ」の代わりに。沓を支援金にして
                浜の復興に役立てたい。
                www.kinka-hoya.comを参照して下さい。

                3月に入って震災1周年番組のオンパレードだ。
                今夜、石巻高校の3階に煌々と電気が点いている。
                10,11日とNHKが石巻高校を中継地として全国放送をするようだ。
                「海と空とを見はるかす日和が丘・・・」と唄われた景勝地。
                テレビのニュースでこの地域のガソリンスタンドが
                半分くらい流されて営業を止めて多くの人の生活に影響している。
                手向けるための花がかなり注文が舞い込んでいるとか。

                | 被災地だより | 21:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
                日和山だより特別号
                0
                   こんにちわ、前に日和山だよりにあった旅館の支配人の友人はパン屋さんになったようですよ。ネット検索してて見つけました。写真入りだよ。下記のアドレス検索してみて。パン好きの私としてはこのカンパーニュたべてみたくなりました。
                  http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1087/20120302_01.htm

                  偶然ネットで見つけたと連絡いただきました
                  「ごえん」とでも言うしかないような話です
                  本人と電話で話しました
                  「なかなか旨く同じ味がでげねんだ」と話していましたが
                  5月8日の開店を目指すと言っておりますが
                  練習で造った「パン」も「商品」ではないかもしれないけれど
                  応援できれば良いのですが
                  | 追憶 | 20:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
                  日和山だより20120212
                  0

                     はじめに
                    石巻工業高校野球部が春の甲子園に「21世紀枠」で出場します
                    今朝(2/11)グランドの前を通ったら練習しておりました
                    違う高校だけれど素直に嬉しい
                    秋の東北大会で準優勝した成績で12月には市内で
                    「甲子園は決まった」雰囲気は強かったのですが
                    応援に行きたいです

                    本日友人の要望にそって大川小学校を見に行ってきました
                    もう、この小学校「跡地」はすっかり大震災の「モニュメント」になっている
                    その場所から奥に入った長面(ながづら)地区の荒涼たる風景を見に行く人はいない

                    道の駅で「ふるさと石巻の記憶・空影3・11その前・その後」という写真集を
                    見つけた
                    三陸河北新報社刊
                    A3判1000円(税込)
                    論より証拠…実にbefore&afterが良く判る
                    (afterはよく見たが実はbeforeを知らなかった)

                    こうしてふるさとを見てくると「広域合併」は失敗だったと言わざるを得ない

                    ここまで破壊しつくした自然の力はどうしようもないが
                    その後の「いつまでも手をこまねいている状態」は人の力のなさ…そのものだ
                    120年分のガレキは分別されつつあるが地元だけで処理するのは不可能だ
                    福島原発事故の放射能汚染は当然あるでしょう100kmしか離れていない
                    海岸線の道路復旧はいつまでかかることやら
                    記憶からなくならないか不安だ

                    人の営みが戻るにはまだまだ時間がかかります
                    ぜひ一度は見に行っていただければ

                    | 被災地だより | 23:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
                    日和山だより20120211
                    0
                       突然の石巻
                      友人のOさんが「石巻の被災地を見たい」という要望が出されたので
                      即刻金曜日夜東京発
                      土曜日朝石巻到着
                      天気予報では日本海側大雪警報だったので奥羽山脈を雪が越えてくるかと心配しましたが
                      雪は降ったものの積もることもなく無事早朝に到着しました
                      「日本製紙の工場から見たい」との事
                      工業港近辺を走りました
                      ガレキから木材だけを分別して日本製紙の工場近辺の埠頭に山のように集まっていて
                      「燃料として」利用さるるようです
                      門脇地区は先月より一段と片付き
                      かえって何もないような雰囲気で不気味さを増したような?
                      日和山公園には東京農大のグループが来ておりました
                      「被災の解説しましょうか」と声を掛けたら
                      「お願いできますか」と言われ
                      10分ほどで解説をしました
                      まあ我ながら相も変わらずお節介な事をいたしました
                      海友支援隊の事務所へ今回も東京のボランティア団地のお世話で荷物の運搬
                      配布の手伝い 交流
                      段々彼等も 浜のオバチャン達と交流ができ「またお茶ッコ飲んでいがいん」と誘われ二時間
                      どうも前回の交流の際誰かの「オダヅモッコ」が
                      彼らとオバチャン達の「垣根」をぶち壊したようで一気に距離が縮まったようです
                      ボアンティア終了後
                      牡鹿半島の先端の鮎川でOさんの興奮は極限まで到達したようです
                      これだけ片付いた状態でも「悲惨さ」を感じるようで私など「もう慣れてしまったのか」
                      石巻中心部は相当片付いたものの半島や浜の地帯はまだまだです
                      120年分のゴミの量だそうですから
                      でも「被災地をみてみたい」という要望でお連れしたものの
                      これほどショックを受けられると
                      今後も「案内」を続けて良いのやら
                      「被災地ガイド」を職業にでもしましょうかなど不埒な考えが浮かびます
                      | 被災地だより | 21:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |